第34回日本木管コンクール<クラリネット部門> 一次予選の審査員講評

山本 正治

東京藝術大学名誉教授、武蔵野音楽大学特任教授  ◎審査委員長

今回の予選は選択曲が6曲あり、選択された曲もある程度分散されていたので、同じ曲を聴いているより負担が少なく感じました。それぞれの曲のキャラクターが違います。特にコヴァーチは4人の作曲家のオマージュになっていて、その作曲家の特徴を出せるかが大事です。例えばR.Straussのオマージュを練習する為にR.Straussの作品を研究することが大事です。曲を練習する時、その作曲家の代表となる様な曲をまず聴いて、又勉強してから練習を始めるのが大事です。楽器を練習するのでなく、音楽を探す練習をする様にしてください。それはロングトーンの練習、又音階の練習する時も音楽が頭に浮かんでから練習すると何かが違ってくるかもしれません。楽器を練習する時、頭に浮かぶ物がクラシック音楽をもともと聴いている国の人と違うかもしれません。

 

磯部 周平

元NHK交響楽団 首席クラリネット奏者、東邦音楽大学特任教授、尚美ミュージックカレッジ ディプロマ科チーフプロフェッサー
〇運営委員長

音の美しさ、技術の確かさは確実に進歩しているのを感じます。一次の課題は無伴奏作品という事もあり楽譜とクラリネットと対峙しながら深く読み込んで行く作業が大切です。その上で(音が並ぶか並ばないかよりももっと先に‥)作品の本質的な魅力を追求する事が大事。例えばベートーヴェンの強弱記号やメトロノームの数字が絶対な物では無いのと同じように、ストラヴィンスキー や、ドニゼッティやコヴァーチ作品も音楽が先にあり楽譜が後から書かれた事を考えてみてください。
コヴァーチの作品は各作曲家へのオマージュとして作曲されていますがそこに記された強弱記号やメトロノームの数字は当然コヴァーチ氏の意思で書かれた物です。逆にそれはオリジナルであるストラヴィンスキー の場合も同じ事で(‥とても難しいかも知れませんが)、その数字や強弱記号は大切な『鍵』『ヒント』ではありますが『絶対』ではありません。
その数字よりも大事な物を楽譜の向こうに探し求めたい。
ドニゼッティは(シューベルトと同世代浪漫派の幕開けの)数々のオペラ、ストラヴィンスキー は三大バレエ曲や兵士の物語、バッハはヴァイオリン、チェロの無伴奏作品、リヒャルトシュトラウスの多くの交響詩やオペラ‥等々を演奏する前に体験し心に染み込ませたい。背景の見える音楽的豊かさが演奏をより魅力的にするでしょう。
モーツァルト協奏曲の『Allegro』は一生かかっても見つからないかも知れませんが、より美しく、より真実を追い求める努力が演奏をより魅力的にしていくでしょう。

 

伊藤 圭

NHK交響楽団 首席クラリネット奏者

私が感じるクラリネットの一番の魅力は、色彩豊かな「音色」にあります。
音色は演奏者の個性や感情を反映させるためだけではなく、作曲者のメッセージや曲の内容を伝える為の大切な要素です。今回の課題の目的として、技術や速さだけにフォーカスされた演奏が多かったように思います。音色という芸術的な要素を決して忘れる事なく、音の発音や保ち方、処理の仕方など、一音一音丁寧に考え、旋律の表情に合った音色を追求して欲しいと思います。

 

小谷口 直子

京都市交響楽団 首席クラリネット奏者

一次予選の結果が出ましたが、二次へ通過できた人に限らず、素晴らしい演奏の数々がたくさん心に残りました。自分に克つことも、他人に勝ることも、コンクールでは必要でしょうが、本当の面白さは、自分なりに音楽経験を積むうち、だんだんに楽曲や作曲家について相応しいスタイルを自分の中に鮮やかにイメージ出来るようになり、憧れや敬意をもってそれを音にしようと夢中になることにある気がします。その奥深さをもう味わい始めている人と、そうでない人の違いは、聴こえたように思いました。
本コンクールを支えてくださる東条町(現加東市)の皆さんのご尽力と温かいお気持ちに、毎日感謝で胸がいっぱいになります。ありがとうございます。

 

十亀 正司

武蔵野音楽大学非常勤講師、(株)亀の子音楽工房代表取締役

今回久しぶりの審査員として木管コンクールの印象を少しお話しします。まずは全体のレベルについてですが、以前のコンクールの時に比べると断然レベルは上がっていると感じました。審査をして次のステップに進む人を選ぶのがとても難しかったです。特にテクニックにおいては、ほぼすべての課題曲に対して間違える人の少なさには驚きました。以前では考えられないことです。吹けてしまうのは当たり前になってきてしまった今、ではその先はどうしていったらいいのか、そのレベルで音楽のことを考え、それを表現していく術は何なのかを皆さんに考えていってほしいと思います。音がただ並んだ音楽を、いかに生き生きとしたメロディーにしていくのかを。

 

ブルックス 信雄 トーン

愛知県立芸術大学 准教授

このコンクールで、才能溢れる学生の演奏を聴ける事を、いつも光栄に思っています。毎年、日本のクラリネットの演奏のレベルが上がっていることを強く感じています。同じ出場者でも、録音された音と、ホールで生演奏を聴くのとでは、どれほど印象が違うか、とても興味深かったです。録音では、精度と正確さがとても目立ちますが、大きなホールで演奏する際は、集中力と調和した音が絶対に必要です。将来、このコンクールに参加された全てのアーティストの皆さんの成長を見られる事を楽しみにしています!

 

三界 秀実

東京藝術大学 准教授

演奏家にとって一番難しいことは、自らの演奏を客観的に判断することだと思っています。自分のステージを客席で聴くことができれば良いのですが、残念ながらそれは不可能です。できることは様々な情報を材料にして推測することだけです。録音、録画、信頼のおける人からの意見、そして何よりも演奏しながら自分の耳で聴き取ることのできる直接音&反射音。少しでも多くの情報を参考にしてください。そして音楽的な感覚を磨くためにも、少しでも多くの音楽、他の人たちの演奏を聴くようにしてください。コンクールは個人でのステージになりますが、その分独りよがりの音楽になりやすい面もあります。演奏家としての個性は大切ですが、是非客観性も保てるようにしてください。

 

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