第28回日本木管コンクール(クラリネット部門) 一次予選の審査員講評

山本 正治

東京芸術大学音楽学部教授 ◎審査委員長

今回聞いて演奏能力、表現能力凄く上がってきていると思う。美しいとは何だろう。美には自然の美、民族、時代の美、色々ある。
ドイツの美、フランスの美、ウィーンの美、又時代によっても違う。作曲家によっても違う。クラシック音楽は作曲家の美から離れられないと思う。もう一つはキリスト協会との関係が大事だと思う。クラシックの有名な作曲家はキリスト教の人が多い。キリスト教の美も大切な事だと思う。バッハの職業は教会のオルガニスト、最高傑作の一曲は『マタイ受難曲』キリスト教のお話に音楽をつけた曲音楽の時代としてはバロックは大事な時代。
クラリネットはバロック時代の曲はほとんどないですが、その後の時代を理解する為にはバロック時代の演奏を聴く、又勉強する事は非常に大切だと思う。
西洋の人が何を大事にしているかを探す事が日本人が演奏する時とても大事だと思う。
基礎練習の仕方も変わって来るかもしれない。若い人の才能に期待します。

 

磯部 周平

東邦音楽大学特任教授

吹けるか吹けないか、良い音かどうか、…といった比較をする時代はいつの間にか過ぎ去り…多くの人がよく響いた音で、しっかり技術を持って演奏しています。
審査する側からすれば、どれだけ深く心を動かされたか?どれだけ聴いていて楽しかったか?…といった「音楽」の持つ本来の力を感じるままで良く、それほど困難は感じません。
それでも、残念ながら、本当の意味で心を揺り動かされる演奏が多くはなかったのも事実です。
先生から教えられたまま、または聴き覚えのルバート、そして自己過信のままでは人の心には届かないでしょう。自己との葛藤の中から生まれたパーソナルな音楽がどれだけ魅力的で心に染みる本当の音楽かが問われる時代に入ったのだ…と強く感じました。

 

十亀 正司

東京芸術大学非常勤講師

毎回レベルが上がっている本コンクール、今回も予想を上回るレベルで、一次予選が終了しました。予選を通過し本戦に残ることは至難の技と言わざるを得ません。そこで予選を通過する人と惜しくも落選してしまった人の違いはなんなのか?僕なりに感じた事をお話ししたいと思います。それは何と言っても与えられた作品を理解し、それを他人の言葉ではなく自分の言葉で聞いてくれている人に伝える事が出来るか出来ないかの違いだと思います。楽譜を自分の言葉で演奏している人は、その世界に聞いている人を引っ張りこんでいます。そんなレベルになってきたんだと、このコンクールの審査をして思いました。

 

澤村 康恵

沖縄県立芸術大学准教授

出場者の皆さんは一次予選の結果を受けて一喜一憂していることと思います。日本木管コンクールも今年はレベルが一段と上がり、一次予選を突破することがますます難しくなっていると感じました。音楽表現には多様な要素が関わっています。楽曲理解、演奏技術、感性etc.  全体的なレベルが上がってきているからこそ、より総合的な完成度が求められるということでしょう。これからの健闘を祈ります。

 

松本 健司

NHK交響楽団首席クラリネット奏者

2日間の第一次予選を聴かせていただいて、率直に皆さんの音が美しいのと質の高い演奏にただただ感動しました。でも、ひとつ気になることがあります。奏でた音がはっきり聴き取ることができる方と、聴き取りにくい方とがおられるのです。おそらく演奏者の耳の使い方の違いがこの聞こえ方の違いに結びついているのだと思いますが、自分の奏でた音を聴くアンテナを持っている奏者の音ははっきり聴き取ることができるのでしょう。自分で聴き取れていない音は客席の聴衆にも聞こえるはずはありません。心当たりのある方は意識して自分の奏でた音を聴いてみましょう。

 

原田 綾子

愛知県立芸術大学准教授

一次予選の講評、ではないですが、感じたことを少しだけ。
十人十色・・・いろいろな境遇で育ち、学び、いろいろな考えの人がいます。
それを素直に受け止めて、自分に正直な演奏をすることが大事だと感じました。
メッキは必ず剥がれる。ステージの上ではすべてがさらされると思っています。

 

近藤 千花子

東京交響楽団クラリネット奏者

素晴らしい演奏をたくさん聴くことが出来ました。しかし厳しい倍率の中で、頭一つ抜き出るためには何が必要か。楽譜を通しての作曲家の意図、音色とテクニック、自己表現といった要素を、全てリンクさせた演奏をした方々が、二次に進んだと思います。
また、選択曲5曲にそれぞれ持つ、違う表情に合った”時間と空間の演出”が出来ているかどうかが、私の中での評価基準となりました。